「趣味はなんですか?」
「映画です」
「そうなんですね!」
——はい、会話終了。お疲れさまでした。
マッチングアプリのやりとりで、このパターンに遭遇したことがある人。手を挙げてください。……はい、男子はほぼ全員ですね。知ってました。
今回は、マッチングアプリ界隈で静かに、しかし確実に人々の心を蝕んでいる「そうですね」一言返信問題について書きます。読み終わる頃には、自分の過去のメッセージ履歴を見返して冷や汗をかく人が何人かいるはずです。
「そうですね」は会話のブラックホールである
「そうですね」は便利な言葉です。上司に何か聞かれたとき、天気の話を振られたとき、よくわからない会議中に急に意見を求められたとき。とりあえず「そうですね」と言っておけば空気は壊れない。社会人の処世術として、これほど優秀な5文字はないでしょう。
ただし、それはリアルの会話の話です。顔が見える。声のトーンがある。うなずきがある。表情がある。「そうですね」に乗っかる非言語情報がたくさんある。
テキストだけの世界で「そうですね」と打ったら、それはもう「あなたの話を受信しました。以上。」と同じです。既読スタンプに5文字足しただけ。メッセージの中身としては限りなく虚無に近い。
ネットの掲示板で見かけたコメントが秀逸だったので紹介すると、「会話がキャッチボールにならない。壁に向かってボールを投げてるだけ」。壁はボールを返してくれるだけまだマシかもしれません。「そうですね」族の場合、ボールを受け取って、ポケットにしまって、こちらをじっと見ているだけです。
もっとすごいエピソードもありました。ある人がマッチングアプリで「そうですね」しか返さない相手に、勇気を出して「話すの嫌ですか?」と聞いたら「いや、話したいです」と返ってきたという話。話したいなら話してくれ。お前の口は飾りか。
「そうですね」選手権:筆者の実体験から
実際に遭遇した創造性のかけらもない返信芸の数々を紹介させてください。
エントリーNo.1:黙秘権を行使するタイプ
「休みの日は何してますか?」
「散歩です」
「いいですね!どのあたりを歩くんですか?」
「近所です」
「そうなんですね!」
5往復して得られた情報は「休日に近所を散歩する人間がいる」ということだけ。犬なのか健康のためなのかポケモンGOなのか、何ひとつわからない。取り調べを受けている容疑者のほうが、まだ供述調書に書くことがあるレベルです。
エントリーNo.2:Yes/No回答マシーン
「最近読んだ本で面白かったものはありますか?」
「あります!」
「何を読みましたか?」
「ミステリーです」
「おすすめの作家さんとかいますか?」
「います」
おめでとうございます、あなたは今アキネイターと会話しています。もう少し質問を続ければ「あなたが考えているのは東野圭吾ですか?」と聞けるかもしれません。会話というより、推理ゲームです。
エントリーNo.3:テンションだけ一人前
「映画が好きなんですね!」
「そうなんです!!大好きです!!」
「最近何か観ましたか?」
「観ました!!」
ビックリマークの数と情報量が見事なまでに反比例している。テンションのインフレーションがすごい。エネルギーは満ちている。でもそのエネルギー、もう少し情報の方に回してもらえませんか。
エントリーNo.4:「おはよう」リセット型
これは実際によく聞く話なんですが、「そうですね」で会話が詰んでるのに、翌朝何事もなかったかのように「おはようございます!」と送ってくるタイプ。昨日の会話の墓標の上に、明るい挨拶という新しい花を添えてくる。会話の残骸には目もくれず、毎朝新しい壁打ちテニスを始める。そのメンタルの強さだけは見習いたい。
なぜ人は「そうですね」しか言えなくなるのか
ここで、少しだけ皮肉を抑えて背景を考えてみます。「そうですね」族を全員コミュニケーション不適合者と断じるのは簡単ですが、実際にはいくつかの事情があります。
まず、テキストコミュニケーションに慣れていないケース。普段のLINEでもスタンプと「了解」で全てを済ませているタイプの人は、マッチングアプリでも同じ感覚でやりとりしてしまう。悪気はまったくない。ただ、「文章で会話を広げる」という概念自体がインストールされていないんです。Wi-Fiに繋がっていないスマホみたいなもので、スペックはあるのに通信してくれない。
次に、同時に何人もとやりとりしているケース。マッチングアプリでは一度に複数の相手とメッセージを交わすことが珍しくありません。全員に丁寧に対応する余裕がなくなると、本命以外には最小限の返信になる。「そうなんですね」は、その省エネ返信の最終形態です。相手はエコモードなんです。あなたのメッセージが充電器の役割を果たせていないだけとも言える。まあ、言えないけど。
そして、一番残酷なパターン。相手はあなたにそこまで興味がない。でもはっきり「もう話したくない」と言うのは気が引けるから、とりあえず返事だけしておく。「そうですね」は、その場合「私はあなたに割くリソースを最小化しています」という暗号です。暗号にしては、あまりにも解読しやすいですが。
友情結婚では、この問題が致命傷になる
友情結婚は、恋愛感情がない前提のパートナーシップです。恋愛マッチングアプリなら「顔がタイプだから会話がアレでもとりあえず会おう」という力技が通用しますが、友情結婚では「この人と毎日会話できるか」がほぼ全て。
これから何十年も一緒に暮らすかもしれない相手です。日々の相談事——お金の管理、住居のこと、将来の計画——を、「そうですね」しか返さない人と共有したいと思うでしょうか。
「来月から家賃が上がるみたいなんだけど、引っ越しも考える?」
「そうですね」
「どう思う?」
「いいと思います」
こんな生活、3日で精神が摩耗します。
友情結婚のコミュニケーション術については以前も書きましたが、そのスタートラインはメッセージのやりとりです。ここで会話が成立しない人と、結婚後に突然深い話ができるようになるわけがない。メッセージは、長期パートナーシップの入社試験みたいなものです。そして「そうですね」だけの回答欄は、白紙提出と同義です。
「そうですね」族への処方箋
さて、ここまで散々言いましたが、解決策は呆れるほど簡単です。
返信に自分の話を一文だけ足す
「映画が好きです」と言われたら、「そうなんですね」で止めない。「自分も映画好きです、最近だとSF系をよく観てます」と足す。それだけ。この5秒の追加作業をサボるから、会話が死ぬんです。会話は投資です。5秒の手間を惜しんで、マッチングという機会を丸ごと失う。費用対効果が悪すぎる。
質問をひとつ混ぜる
自分の話のあとに、質問をひとつだけ添える。「自分は邦画が多いんですが、洋画派ですか?」程度でいい。ただし質問を3つも4つも並べると面接になる。NGワード集でも書きましたが、質問攻めは圧迫面接の空気を生みます。
プロフィールを読む。読んでくれ。頼むから。
プロフィールに「趣味:料理、カフェ巡り」と書いてあるのに、「趣味は何ですか?」と聞いてくる人が本当に多い。せっかく相手が話のネタを用意してくれているのに、それを無視して白紙から会話を始めようとしている。レストランに行ってメニューを見ずに「何がありますか?」と聞いているようなものです。
「そうですね」を使うなとは言っていない
誤解のないように書いておくと、「そうですね」自体は何も悪くない。問題は句点で終わること。「そうですね。」で完結する返信が問題なんです。「そうですね、確かに○○ってそういう面ありますよね。自分の場合は〜」と続けば、それはもう立派な会話です。ピリオドを打つな。カンマを打て。
相手が「そうですね」族だった場合の身の振り方
ここまで主に「そうですね」側への提言を書いてきましたが、逆にされている側の話もしておきます。
どれだけ頑張って話題を振っても「そうですね」しか返ってこない場合、残念ながらそれは「会話を続ける気がない」か「そもそも会話能力がそのレベル」かのどちらかです。どちらにせよ、あなたが一人で汗をかき続ける必要はありません。
友情結婚を成功させるコツのひとつは、合わない人に時間を使いすぎないこと。全員と気が合う必要はない。受け身になりがちな人にも事情があるし、それを責める必要もない。ただ、コミュニケーションは双方向でしか成り立たないので、片方だけがラリーを続けている状態は、遅かれ早かれ破綻します。
見切りをつけるのも、ひとつの誠実さです。
最後に
この記事を読んで「あ、自分もそうですね族かも」と思った人。おめでとうございます。自覚した時点で、あなたはもう上位互換です。世の中には「そうですね」だけで会話が成立していると本気で思っている人がまだまだいるので。
次にメッセージを返すとき、「そうですね」の後に何か一言だけ足してみてください。自分のこと、感想、ちょっとした質問。なんでもいい。たった一言で、壁打ちテニスがキャッチボールに変わります。
そしてもしこの記事を読んでも「そうですね」以外の返し方が思いつかないという人は——まあ、そうですね。