友情結婚にかぎった話ではない。子が生まれた直後に相手が子を連れて家を出てそのまま離婚と親権の独占へ動いたとき、それを未然に確実に止める法的手段はいまの日本の制度には無い。
「この婚前契約を結べば連れ去りを無効にできる」とか「この手続きを踏めば親権を確保できる」といった確実な防壁は、どれだけ調べても出てこない。相手の善意に頼らずに結果を保証する方法は存在しない。
これは助言が足りないからじゃなくて、制度がそう作られているから。
日本の「連れ去り容認」とも言われてきた運用は、EU議会が非難決議を出したほど国際的にも問題視されてきた構造的な穴であり、個人の工夫でふさぎきれる種類のものじゃない。
だから子を持つことを考えるなら、まずこの一点を幻想なしに受け止めるところからしか始められない。最悪のケースは制度上は防げない。 できるのは「起こる確率を下げること」と「起きた後の損害を底のほうで止めること」だけで、どちらも確実とは言えない。以下はその「確実じゃないけれど取れる手当て」を並べたものだ。
なぜ出産直後がいちばん防ぎにくいのか
防ぎにくさの理由がわかるとそれぞれの手段の限界も腑に落ちる。
出産直後というのは、子と離れて暮らすことになりがちな側(多くは父)にとって、不利な条件が3つ同時に重なるタイミングだ。
ひとつは監護実績がまだ存在しないこと。
親権や監護を判断するとき「主たる監護者だったのは誰か」がとても重視されるのに、生まれた瞬間はどちらの親にも実績の蓄積がない。
ふたつ目は乳児には母親側の優位が事実上大きく働くこと。とくに0〜5歳、なかでも乳児期は、母乳のような身体的な現実もあって、母親側に傾きやすい。
最後に現状維持の力が時間とともに強くなること。連れ去られてから時間が経つほど、「いまの暮らしを動かさないほうが子のためだ」という判断が、連れ去った側の状態を固めていく。
この3つが重なるから、相手に虐待やネグレクト、養育不能レベルの事情でもないかぎり、父が「子を返してほしい」と求めても、乳児の物理的な監護を取り戻すのは、現実にはかなり難しい。なお近年は、連れ去りそのものを監護者指定で不利に評価する流れも出てきてはいる。ただ、それが効くのは「数年いっしょに育てた実績がある側から連れ去られた」ような場面で、双方に実績のない出産直後では、その追い風はほとんど吹かない。
取れる手当て(どれも「確実」ではない)
受胎前に共同養育の合意書を作っておく
親権や連れ去りに関する条項に、法的な拘束力はない。「連れ去ったら親権を放棄する」と書いても、裁判所を縛ることはできない。子の利益が支配する領域は、当事者の契約では固定できないからだ。
じゃあ何の役に立つのか。価値は2つに絞られる。
ひとつは選別。対等に養育する、一方的な連れ去りはしない、といった真っ当な内容に署名を渋る相手を、あぶり出せる。ただ、ここが厄介なところで、危ないタイプほど事前は協力的にふるまって、子という担保が手に入ってから態度を変える。だからこの選別はすり抜けられることが多い。過信しないほうがいい。
もうひとつは証拠。調停や審判になったときに「自分も当初から対等な養育を予定していた」と示す材料になる。
つまり実質は、連れ去りを止める道具というより、将来の手続きで使う証拠の作り置き。作るなら、相手にまだ「降りる」選択肢が残っている受胎前が唯一のタイミングで、受胎後はもう交渉力が消えている。子どもを持つこと全体の段取りは、年齢という時間の制約も含めて友情結婚で子どもを持つときの逆算と婚前契約のほうに具体的にまとめてあるので、あわせて読んでおいてほしい。
婚姻はしておく
「法律婚を避ければ嫡出推定を回避できて有利」と考える人が一定数いるが、これは逆効果だ。
婚外子の親権は、原則として母親だけにある。父が認知しても、それだけでは親権はゼロ。父が親権を得るには、認知に加えて父母の協議で父を親権者と定める必要があって、しかもその場合は母の単独親権が父の単独親権に切り替わるだけ。共同親権という状態は生まれない。つまり婚姻を避けると、初期配置が母に全振りされて、婚姻して連れ去られるより、さらに不利になる。少なくとも婚姻していれば、婚姻中は父母の共同親権という地位がある。子を嫡出子にしておくほうがマシ、というのが結論。
出生直後から、実際に育てに入る/記録を残す
退院後の通院、行政手続き、夜間の対応に、父が最初から組み込まれること。相手が子と二人だけで完結する状況を作らないこと。そして育児日記、写真、連絡帳、医療の付き添い記録を、問題が起きる前から残しておくこと。これらは「自分が主たる監護者だった」と後の審判で立証するための材料になる。
ただし、出産直後の連れ去りにはこれは決定打にならない。生後数週間で父が母を上回る監護実績を積むのは、事実上できないからだ。数年いっしょに暮らした後に連れ去られたケースには効くけれど、出産直後には弱いし、産院から直接いなくなるような極端なケースには無力。
連れ去りが起きたときの即応体制を、先に用意しておく
万一連れ去られても、実力で取り返すのは絶対にやめること。略取誘拐罪に問われうる。法的には、家庭裁判所に「監護者指定の審判」「子の引渡しの審判」「審判前の保全処分」の三点をセットで申し立てるのが、確立した手順だ(子の引渡し調停について・裁判所)。
初動の速さが結果をほぼ決める。連れ去りから時間が経つほど現状維持の原則で不利になるから、理想は1〜2か月以内。起きてから弁護士を探していたのでは遅い。相談先の弁護士を先に確保しておくことが、せめてもの備えになる。くり返すけれど、乳児では引渡しが認められにくい。


